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袋小路に花は咲く

読書感想駄文

全部、言っちゃうね。 千眼美子

 

全部、言っちゃうね。 ~本名・清水富美加、今日、出家しまする。~
 

 

 

清水富美加、改め千眼美子の芸能界の暴露本という立ち位置でいいのだろうか。個人的にメディアに出てもニコニコ笑っていて口数はあまり多い方ではないけれど必要であればしっかり求められている発言をしてくれる彼女が大好きだった。思慮深さを感じる振る舞いがただの能無しだったとは思わなかった。この本を読んで彼女の頭の悪さがよくわかった。

自分が出家する経緯、自分の生い立ち、これからの展望。どれも本当に酷い。

出家もとい洗脳してしまった悲劇の芸能人、なんて思う人もいるかもしれないけど、彼女はいずれこうなってしまう運命だと確信させられた。

この本が出版されるまでのスピードがとんでもない速さだったということでゴーストライター疑惑も出てるけど、たぶん取材形式で原稿を用意して独白に改編したとみるのが妥当かな。出版することはあらかじめ決められていた(決まっていた)と思う。そこに騒動で感じたことを書き加えたのだろう。

幸福の科学出版というものがマジで気持ち悪いし、それって色々と手が加わっても仕方ないとみていいんだよね?って疑いたくなるのも必然。内容の正当性が保たれないのだから内容も誰が執筆してるのかも怪しいところ。

「教祖・大川隆法は生きていました!」みたいな内容の段落があるんだけど、あれも怪しい。生憎ぼくは信者ではないから生きていようが死んでいようがどちらでもいいんだけど、これからの幸福の科学の広告塔となる彼女が存在を肯定してくれたのだから信者としては信心深くなる効果が見込まれるかもしれない。芸能人くらいに影響力がある人でもめったに会えない存在なんだから私たちが会えなくても当然なんて拡大解釈されてしまうのかもしれない。

死にたいという気持ちが彼女は特別強くて、周りに理解されないと感じていたのを救ってくれたのは自分の信仰している宗教・幸福の科学だったらしい。なぜ彼女が幸福の科学を選んだかと言えば、それは親が信者だっただけで自ら幸福の科学を選んだわけでもなさそう。たくさんの宗教と出会ってそこから幸福の科学を選んだわけでもないのに、それを世間で騒がれている「洗脳」ではないと言い切れるのだろうか

周囲の人が洗脳とか言うのは当然だと思う。だって、親が信仰していたら当たり前に身の回りに存在していて、なおかつ親が信心深かったら、そのヤバさについて触れてはいけないことは幼いながらに自覚するかもしくは気付かないだろう。文章の感じからするに彼女は後者だ。頭が悪い。自殺の仕方もろくにわかっていないのに、致死量の出血を伴わないリストカットの痕を自分の死にたさの象徴として思っているところとかも色々とひきこもりやメンヘラとかと違わないと思わないだろうか。

彼女はたまたま容姿が優れていた。それだけで今の立場にいる。一見華やかな場所も裏は酷いところだ、なんて暴露は二番煎じどころの話ではないのだけど、なぜか彼女は綴った。それでも今の立場になれたのは周りの支えがあったから感謝しろ、とは言わない。だけど、周りを悪だと言い放つの偏った意見でもあるはずだ。肌に合わなければ去ればいい。それを勧めてくれる人が周りにいなかったのはひとえに不幸だったからとしかいいようがないけど、その程度の不幸なら人間皆が持ち合わせている不幸だと思う。

彼女は自分が限界を迎えた、と記していたけど、彼女の限界値は相当低い。それも頭が悪いことに起因するから厄介だ。花形に見える芸能人として生きてきて彼女はきっと歪んでしまっている。元々の頭の悪さを指摘されても既にまともに受け取れやしない。彼女はもうぼくたちの元には還ってこないんだと思わされる本だった。

何を信じるかは自由だし、それは宗教という形を為していなくてもいいのだから宗教への疑心や不安も強まるのは仕方ないけれど、彼女はそういった過程にばかり目を向けて、「私を間違っているといった人たちはもう一度自分がどの立場に立っているかを考えてほしい。」などと言うのは思考停止だと思う。ブーメランでもある。価値観のモノサシがぶっ壊れてしまった彼女は幸福の科学と共にしか生きていくしかない。読み終わってさみしくなった。人の幸せはそれぞれだけど、ぼくの価値観の尺度では彼女を幸せとは形容しがたい。きっとこれから彼女は「死にたかった7年」以上に死にたくなる日々が待っていると思う。出家して本当に幸せになれるんだったらぼくも応援したい。これからの生活で彼女のやり方が正しかったか分かる。頑張って生きてほしい。

さようなら、清水富美加。千眼美子、頑張ってください。ぼくは幸福の科学には入信しません。ごめんなさい。